1 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:02:46 ID:H6J
ゼロ年代にラノベ新人賞を受賞しプロになった俺が
その10年後に絶望して完全引退するまでの話
全てが終わってかなり経ったから書く
どこかに10年間の記録を残しておきたいから書く

3 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:03:28 ID:H6J
当時の話から始める。
当時2000年代後半、ラノベ業界は急速に活気づき始めていた。
ハルヒのアニメ化一期が大成功し新レーベルが次々と参入し、
その知名度と市場は一気に膨れ上がっていった。
それまでのラノベと言えばシャナかブギーポップあたりが少し話題になっているくらい。
それもあくまで「シャナ」「ブギーポップ」という個別の作品が売れているだけであり、
ラノベというジャンルはまだまだ一般的にも(ネットにおいても)認知されていなかった。
今となっては信じられないかもしれないが、ネットとラノベはとても遠い存在だった。
電撃の新人賞受賞者があとがきに2ちゃんの有名コピペを仕込めば、それだけでネットは大喜びだった。
あとがき横読みで出る「どう見ても精子です。本当にありがとうございました」で2ちゃんは盛り上がった。
今よくある炎上系批判の盛り上がりではなく好意的な盛り上がり、
それこそ「ラノベ作家が2ちゃん見てた! このカキコも見てる?」のような喜びの祭りが開催された。
当時ツイッターなどは勿論なく、ただ作者への一方通行だった。
ラノベ作者が見ているに違いないと信じて書き込む、ただそれだけの遊び。それでみんな楽しんでいた。
4 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:03:59 ID:H6J
この状態にピンとこない人も、こっちの話をすれば理解してもらえるかもしれない。
それは「オレら2ちゃんねらーの力でハレハレユカイを一位にしようぜ祭り」
アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の主題歌である「ハレハレユカイ」。
それを2ちゃんで宣伝して皆で買いまくってオリコン一位にしちゃおうぜ! という祭り。
オリコンにアニメソングなんて普通はあり得ない。
オレらの悪戯でそこにハレハレユカイをねじ込んで世間を驚かせようぜ! ……という祭り。
当時のネット(2ちゃん)民達は、どこからか来たこの祭りでそのまま素直に盛り上がった
ハルヒやみくる、長門といったキャラクター達のAAがどこからともなく作られてきて
それが各板で「ハレハレユカイを買おうぜ!」と次々と有志の手でコピペされていった
ハルヒのアニメ化は大成功した。
ステマなんて単語・概念が初めて出たのはこの五年以上も先の話だ。
ともかく当時はそんな感じの世界でありネット文化だった。
6 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:04:22 ID:H6J
ハルヒは大成功し、そして「らきすた」が期を同じくして放映されこれも大成功。
そのおかげかどうかはわからないが、ラノベ市場は一気に知名度と市場が膨大した。
初めの話に戻る。
2000年後半、次々と新しいレーベルがラノベ市場に参入していった。
参入出版社が増え出版数が増えれば、当然そこで書く者達が必要になってくる。
ラノベ作家需要の突然の高まりに次々と新人賞が創設され、また賞一回ごとのデビュー枠も激増した。
毎月というレベルで多量の新人が次々と受賞し、そして次々とデビューしていった。
発見された未踏の新大陸、果ても見えない広大な開拓地。そこに上陸した何十人のルーキー達。
その一人が俺だ。十数年前の俺は、そんな風にしてラノベ作家になった。
7 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:04:53 ID:H6J
そろそろ俺のスペックを書く。俺は当時、二十代の後半だった。
小学校の時に国語の授業であった「地図を見て物語を書いてみよう」で「作家になりたい」と思い、
そして中学の時にスレイヤーズにハマってラノベ作家志望になり、
そのまま十五年近くそのままラノベ作家になりたくて足掻いていた。
2ちゃんと出会ってからライトノベル板(ラ板)に入り浸り、お気に入りは新人賞スレだった
まだ「小説家になろう」等は存在せず、ラノベ作家志望はつまり新人賞への挑戦だった
新人賞スレはそんな者達が日々書き込みをし、ワナビと自称していた。
俺の仕事は実家自営業の従業員。父親が社長である零細自営の後継ぎ若造だ。
中学の時にラノベ作家を志望したガキは大学を出て親の会社に入り、そしてまだラノベ作家志望だった。
そんな二十代後半だったが、しかしこれでも当時のラ板ワナビの中では最年長な方だった。
スレの連中がルナ・ヴァルガーを全く知らない事に驚愕し、自分を年寄りだと思っていた。
年寄りなりに、婚約者がいた。といっても恋愛ではなく、会社の紹介で知り合った人だ。
とりあえず紹介されて何度か会って、まあ互いに他の相手もいないし結婚するんだろうな……という感じ。
具体的な話はこれからとして、とりあえず週に一度くらい会おうか。そんな感じ。
8 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:05:21 ID:H6J
そんな俺が、一気に増大した市場の波に乗って受賞した。
ワナビ十五年生の俺は、ほぼ第一期の新大陸開拓民としてラノベ作家になった。
俺の十年間は、そこから始まった。
今さらだが、この文章はすべて「俺」の記憶と認識によって執筆されることになる。
当時の日記などを参照してなるべく正確を心がけるつもりだが、
多分事実とは異なる個所や認識を争う箇所も出てくると思う。それはそういうものだとして読んで欲しい。
ハレハレユカイ一位祭りも、ひょっとしたら本当にただの純粋な楽しい祭りだったのかもしれないのだから。
また、ここで言っておくが俺は自分の筆名を明かすつもりはない。
この文章全体にいくつか、少しだけ小さな嘘を混ぜ込んである。いわゆるフェイクだ。
といっても『「少しだけの小さな嘘」という言葉が嘘であり全てが大きな嘘』とか
または『受賞したという事が嘘でありつまりこの全てが嘘』のような根底を覆すオチはない。
今更ここで文章解釈トンチ合戦をするつもりはないし、全く嘘の文書をここまで書く意欲ももうない。
(もちろん、『以上四行が嘘』という展開もない。そういう面倒くさい事はしない)
発売日が冬だったのを春としているとか、九巻完結であったのを八巻完結と書いているだとかその程度の嘘だ。
大勢や文脈に影響はないので、気にしないでほしい。
あと、蛇足になるが一応。
この文章の全ては俺の記憶と記録による文章であり、俺の自己正当化が多分に含まれている事になるだろう。
さらにそれを加味しても、以下の文章で俺はラノベ世界にかなり無礼な事をやっているし思っている。
まず初めにそれを許容しておいてほしい。
9 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:06:09 ID:H6J
さてそんな環境で俺は受賞し、そのまま受賞作が出版されてプロのラノベ作家になった。
○プロ一年目。俺はラノベ作家になった。
授賞式は別世界のようだった。昔から身近に読んできたライトノベル、その「作者」が大量に目前にいた。
繰り返しになるが当時はネットとラノベは遠く、個人発信と言えば各人のホームページの「日記」くらい。
それも今ほど詳細に書く人は稀で、例えばシリーズ完結したとか大病したとかその程度の報告だった。
(新刊発売をネットで宣伝という概念はまだなかった。あくまでもファンに向けた「報告」だった)
読者にとってラノベ作家は遠い存在で、彼らが何を考えどんな生活をしているのかほぼ窺い知れなかった。
人間となって目の前にいる「作家」。知っている作品たちの執筆主と話すのは物凄く奇妙で凄い体験だった。
10 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:07:52 ID:H6J
同期の受賞者とはすぐに仲良くなった。
全員が同じ夢に向かってきていて、そしてここにいる皆は選抜された到達者なのだ。まあ仲良くもなる。
仲良くと言ってもミクシー公開繋がり程度の関係だったが、それでも仲良くなった。
皆が「レーベルを盛り上げる」という志を共にする仲間だった。少なくとも俺はそう思っていた。
厳密に言えば全員が零細個人事業主でありつまり同期は競合他社なのだが、
少なくとも俺は彼らをライバルと思った事はあるが敵と思ったことはない。
それは俺自身の性格が甘いからというのも勿論あるが、市場のおかげもあった。
当時のラノベ市場は、新人賞受賞作品はほぼ例外なくかなり売れたのだ。
当時は「新人賞受賞作、デビュー作」と帯を巻きさえすれば、それだけで売れた。
考えてみれば奇妙な話だ。何者なのかどんな作風かもわからない新人の作品がなぜそんなに売れるのか。
それは分からない。当時の俺は「そういうものだ」とだけ理解していた。現在の俺にも分からない。
分析すれば何らかの推測はできるのかもしれないが、俺には正確な分析を出来る情報はなかった。今もない。
ただ当時俺が感じていた事実を書いていく。これからもそんな感じでこの記録は進める。
11 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:08:14 ID:H6J
とにかく、各レーベル余さず新人の作品は売れた。続刊は必ず出ていた。
勿論比較的売れない新人もいて、そういう作品は『たったの三・四巻で』打ち切りされたりもしていたが、
その新人たちも第二シリーズをほぼ約束されていた。その第二シリーズが爆発的に売れる例もあった。
受賞シリーズでぱっとしなかった者が敏腕編集に助言されて次は大ヒット。そんな話もよく聞いた。
つまり、俺達は「仲間同士」で争う必要なんか全くなかったのだ。
採掘場を取り合うヒマがあるのなら、新しい鉱山を探せばいい。開拓地はまだまだ広いのだから。
俺はそう思っていた。多分、皆もそう思っていた。
正確には「思っていた」んじゃない。
現実がそれでそれ以外の世界なんか存在しないのだから、思うとか考えるとかする必要もなかった。
未来には想像もつかない世界があるなんて、だれも予め想像しやしないのだ。
12 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:10:15 ID:H6J
そんな訳で、俺のデビュー作も売れた。
というより、かなり売れた。俺のデビュー作は相当に売れた。
当時、「大阪屋」というランキングがあった。とある卸問屋のランキング……だったと思う。
詳しいシステムは分からないが、それである程度の売り上げが分かった。月曜日が更新日だった。
勿論完璧に正確なランキングではなくあくまで一つの参考ランキングに過ぎなかったが
他に参照する物はあまりなく、特にネットにおいては適当な売り上げ指標として順位が書き込まれていた。
2ちゃんではそれがどこまで正確かでいつも揉めていたが、少なくとも俺は非常に参考にしていた。
俺のデビュー作は他の同期をぶち抜き、レーベル主力のベテランにすら届きかねない勢いで売れた。
「ガンガン行きましょうどんどん書いてください」という言葉を担当編集に貰った。
俺は出版された本と契約書を見せて、父親=社長と交渉する事にした。
今後、本業の傍ら兼業ラノベ作家として本を出版していく事を許可してほしい……と。
交渉は成功した。父は俺がプロ作家になるのを歓迎してくれた。
社長は俺の兼業を許可し、更に本業に支障が出ない限り自由に有給を取っていい事になった。
14 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:11:14 ID:H6J
そんな風に、俺の作家生活は始まった。プロのラノベ作家としての生活が始まった。
それははっきり言って、天国だった。喜びと興奮と快感ばかりだった。
そもそも俺の待遇は土日祝完全休日で、勤務時間は朝の八時から夕方の五時だった。
自主的な勉強や資格修得や残業をしない限り、それはそれとして日々が平穏に過ぎていく環境だったのだ。
そこに、更に40日の有給を自由に使える事になった。体感的にはいつでもいくらでも休めた。
還暦とはいえ父はまだまだ健康で、母も変わらず元気だった。家の事は何の手間も憂いもなかった。
月に最低でも一回、普通なら二回、多い時は三回も泊りがけで出かけた。
打ち合わせと称して、執筆缶詰と称して、取材と称して、または本当に単なる遊びで。色々な所へ行った。
コミケにも行った。五泊六日くらいの日程で、挿絵のイラストレーターに片っ端から挨拶した。
上京からの帰りには欠かさずどこかの観光地に寄った。缶詰の温泉旅館も金額を選ばなかった。
あるいはごく普通の平日に突然一日休んでひたすら執筆をした。
いつ休んでもいい。仕事は適当にすればいい。ただ執筆していればいい。それで続刊が続々と出版される。
15 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:12:29 ID:H6J
俺の文章が出版される。二巻、三巻と続き四巻目に及んでもまだ俺はその事実に感動していた。
小学校卒業文集に「作家になりたい」と書いた。中学生では自作の表紙を夢想していた。
高校の時に密かに作品設定を練り、大学生になって文芸部の友人とともに投稿を始めた。
社会人になってもまだ諦めきれなかった。十八年間も夢見ていた。
いつかラノベ作家になりたかった。でも夢だった。「宝くじで十億円当たったら」とか、そのジャンルの夢だ。
しかしその夢が今、本当に実現しているのだ。本当に現実に、俺はラノベ作家だ!
結果は次々と出せた。三巻を数えた時点で2ちゃんねるに専用スレが立った。住人は好意的だった。
四巻の発売日、ふと思い立って日本縦断旅行をした。北海道から沖縄まで本屋を巡り自作の存在を確認した。
貯めてあった40日の有給をどんどん使い、更に年度替りで20日弱の有給追加があった。
まだまだいくらでも休めて、どこにでも行けて、何でもできる。俺は自由で無敵だった。
狂乱の中でプロ作家生活は二年目を迎え、俺は三十歳になった。
13 名無しさん 2018/09/25(火)22:10:40 ID:jBh
今は何の仕事してるんや?
16 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:13:36 ID:H6J
まとめて書いてあるから一方的になるごめん
でも連投対策(あるのかどうか知らないけど)でたまに助けてくれると嬉しい
○プロ二年目。俺は有頂天だった。
次の受賞作が発表され、二回目の授賞式に行った。後輩が出来た。それとも仲良くなった。
友人がだいぶ増えた。連絡を取り合える仲間がだいぶ増えた。殆どが年下だった。
殆ど二十代の前半か十代の後半で、中には学生もいた。俺のような年代は珍しかった。
皆で、この世界を変える話をした。実際に世界は変わったのだ。俺たちの手で。
本屋のポスター、レーベルのチラシ、出版社の公式ホームページ、販売予定表、そして平積みの新刊。
「ラノベ業界」という俺達の世界。その世界の形を、俺達は作る事ができた。変える事が出来た。
十五年間のワナビ生活においては、世界は俺の手が届く範囲しか変えられなかった。
大学の時に作った合同誌は俺が刷った数しか存在しなかったし、俺が置いた場所にしか存在しなかった。
だが今は、俺の本が日本中に存在する。あの山の向こうの町にも、あの海の向こうの島にも。
授賞式からの帰り、ふと田舎の駅に降りてみる。その町の本屋にも俺の本は並んでいた。
俺が世界のシステムに直接干渉し、世界の景色を変える。そんな実感だった。
17 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:14:25 ID:H6J
後輩の本、二回目の受賞作が出版された。当時、新人賞受賞作はひと月に一気に発売されたりしていたのだ。
俺は……俺のシリーズは、その後輩の新人デビュー作にすら勝った。
実際それは大健闘だった。新人受賞作は変わらず売れた。俺の本はそれより売れたのだ。
CDドラマの話が出てきた。ある日の打ち合わせで、担当が雑談の中で漏らした。
CDドラマ、つまり声がつく。俺の作ったキャラ達を演じる声優が決定される。
つまりそれは、アニメ化の準備か予行演習のようなものだ。俺はそう理解した。
アニメ化が射程に入った。あとは書くだけ。ただ書けばそれで全てが付いてくる。人生の全てが。
人生の全ては、ここにある。この先にある。そう信じていた。
青春だった。三十路を越えた身だったが、それは紛れもなく俺の青春だった。
夢想し始めてから十八年。目指し始めてから十五年。長かった。長い幼年期、長い準備期間だった。
それがやっと終わった。準備ができた。成長できた。そして俺は青春に到達したんだ。そう信じていた。
青春だった。全ては右肩上がりで無敵で永遠だと、疑いもなく信じていた。
18 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:15:25 ID:H6J
ネットの話もしておく。
俺は受賞した直後にワナビスレに書きこむのを止め、以後は閲覧のみという事にした。
そしてプロスレへと移動した。当時は創作文芸板にあった「プロ作家のための愚痴スレ」。
当時そこにあったのは、愚痴とは名ばかりの自慢、選ばれた自覚者達の謙遜だった。俺もそうだった。
大量に発生した新人ラノベ作家は、そのままプロスレにも大挙して乗り込んでいたのだ。
「編集からの返事おっそ! 再来月発売なのにヤッベ!」のような、余裕に満ちた自慢があふれていた。
この頃から他の板にも「ラノベ作家だけど質問ある?」みたいな勢い余ったスレが立ち始めるようになった。
疑いようもない。あのスレの誰かが立てたのだ。俺ではないけど、「俺たち」のうちの誰かが。
なんなら、俺がそのスレを立てていても良かったんだ。先を越された。内容なんて同じなんだから。
19 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:15:43 ID:H6J
未来の危惧なんて、誰も何も考えなかった。ワナビも、新人プロも。皆若かった。
業界の未来の事は考えていたけど、自分の将来の事なんか誰も考えていなかった。
業界すら若かった。なにしろ、レーベル新人大量拡大期からまだ数年も経っていない。
市場がいきなり拡大して、世界が変わって、そして俺たちがその第一期だった。
先輩はいなかった。先を行ってその景色を若者に報告する者はいなかった。
勿論、当時この時にもベテランと呼ばれるプロはいた。でも彼らは少数で、そして寡黙だった。
将来の不安なんて、ただ一言で吹き飛んだ。「でもとにかく、売れさえすればいいんだろ?」の一言。
そう、とにかく売れさえすればいい。どんどん売れてアニメ化でもすれば全て解決だ。
今のシリーズが、または次のシリーズが一気に売れさえすればいい。たったそれだけで解決だ。
それで一気に大金と名声を稼いで、あとは悠々と人生逃げ切り。俺には、俺らにはその力がある筈だ。
20 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:17:07 ID:H6J
ネットとラノベが少し近くなった。ネットにはラノベの表紙が頻出し始め、それを人々は大きく話題にした。
こんな天才がデビュー、次はこんな変わり種がデビュー。なんと同時受賞。次々と景気のいい話が出てきた。
「来月のラノベ新刊」として、華々しく並べられた萌え系表紙(エ○ゲー絵師が殆どだった)。
それらを見て、ネットの人々は「こんなのが売れるだなんて、いよいよジュヴナイルも終わりだ」等と嘆き、
または「これのどれかはアニメ化してしまうんだろう。出版社もプライドがなくなった」等と揶揄した。
皆、「売れる」事を疑わなかった。こんなものが売れてしまう。売れるだろう。
どれもそこそこは巻数が出て、そして当然アニメ化されるのだろうと、嘆き呆れながらも認めていた。
意味に違いはあれ、ネット民ですら新人達の未来を信じていた。
読者も、ラノベに纏わるネットすら若かったのだと思う。
未来の先と限界を想像せずに、ただ明るい将来だけを信じていた。
少し考えればわかる筈の必然未来、数年後にやってくるのが明らかな物理限界の事を、誰も考えなかった。
21 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:17:27 ID:H6J
○プロ三年目。受賞シリーズが完結。第二シリーズ構想。
CDドラマとアニメ化の話は、結局他へ行ってしまった。
ベテランがシリーズを始め、それが圧倒的に売れてそっちへ行ってしまった。
アニメ化の候補からも外れてしまったのだろう。
という訳で、俺の第一シリーズはそろそろ終わろうかという話になった。
ここらで心機一転、第二シリーズでアニメ化を目指そう。担当はそう言った。
俺は第一シリーズの終了を宣言されつつ、しかしそんなにショックは受けていなかった。
「まあ、これがプロの世界だからな」と嘯く余裕すらあった。
正直、内容的にはここら辺で畳んでしまうのがベストだと思っていたのだ。
アニメ化となれば更に続刊を次々に出す必要があるだろう。それは難しいかもしれないと思っていた。
結局、あと二冊で終わりという事になった。
終わって、そして即座に第二シリーズに取りかかろうという事になった。
俺はその件を婚約者に伝えた。
婚約者の返事は、「もうあなたとは結婚できない。もう会いたくない」だった。
22 俺◆uiSAjL/Qtc 2018/09/25(火)22:17:48 ID:H6J
考えてみれば当然だった。
俺は受賞以来、婚約者に殆ど時間を取らなかった。全ての休日は執筆と外出にあてた。
結婚やその後の生活を考えるより、執筆と出版の方が圧倒的に面白かった。
ラノベは俺の生活の全てて、その「全て」には、婚約者の事は全く含まれていなかった。
それでも第一シリーズ完結まではどうにか待った。でも更に次も始めるという。もう無理。
言われてみれば納得だ。俺は、完全に振られた。
こちらは、流石にショックだった。別れを告げられた帰り道の事は未だに覚えている。
――しかし。三十路にして破局した独身男は、しかし、すぐに持ち直した。
そう、これで『結婚しなくてもよくなった』のだ。限りある時間を意識する必要はなくなった。
婚約者としての責任とか流石に具体的な話をとか、そういう事を気にする必要が全くなくなったのだ。
なにしろ、向こうから別れ話をしてきた。これはもうどうしようもない。結婚できない。しなくていい。
あとは数カ月に一度くらい見合いなり何なりをしてるフリでもしておけば、それだけで面目が立つ。
23 名無しさん 2018/09/25(火)22:18:34 ID:NSO
ラノベ需要が膨れたと言うより、新しくできた特定ジャンルやそれにおこぼれ貰おうとしたレーベル(ハルヒの時期ならMFあたり?)バブルやな
今のなろう需要みたいなもん
41 名無しさん 2018/09/25(火)22:42:55 ID:y9y
>>23
ラノベは一時期100人くらい毎年デビューしてたからね
しかも一般文芸の新人賞獲った人達より待遇が良かったし
一時期は一般で書いてる連中がラノベそんなにデビューし易かったら
ラノベから作品出した方がいいんじゃね?みたいな話よくしてたし
24 名無しさん 2018/09/25(火)22:21:15 ID:xwl
本格的なもの一本書いてみたら
26 俺◆gLfYjePs9I 2018/09/25(火)22:29:01 ID:AQe
この時代、「ラノベ作家の成婚率は異常に低い。誰も彼も全く結婚しない」が定説だった。
ほんの数人の例外を除き、金持ちである筈のベテラン売れっ子ですら結婚していない。
ラノベ作家は殆ど結婚しない。そして、俺はラノベ作家なんだから結婚しなくていい。
結婚さえしなければ、まだまだ旅行にも行ける。次の、更にずっと先のコミケにだって行ける。
何より、執筆に集中できる。第二シリーズを全力で書く事が出来る。
俺はこの時、全力でラノベ作家だった。それ以外の事を捨てて平気でいられる程度に。
元婚約者との別れは、揉めることもなくごく順調に終わった。
元婚約者の「もう会いたくない」の手紙に俺は「そうしましょう」と返し、それで全て終わった。
それだけで済ませ、俺はシリーズ最終巻を書きあげた。初のシリーズを完結させた。
最終巻の発売日、俺は秋葉原にいた。秋葉原のアニメイトで完結巻の店頭発売を確認した。
忘れもしない。シリーズ一冊目、最初のデビュー作を本屋で確認した最初の本屋。
その同じ場所で、シリーズ最終巻の発売を確認した。これまでの既刊が平積みにされているのを確認した。
秋葉原のアニメイト、そのラノベコーナーの一角の本棚。そこで、俺は泣いた。
オタ店のラノベの棚で一人泣く三十路男。それはどう見ても不審者だっただろう。
27 俺◆gLfYjePs9I 2018/09/25(火)22:30:45 ID:AQe
規制を食らったからパソコンを変えた
今後また途切れるかもしれんけどまたすぐどこかで続きは書く
当日秋葉原にいた理由……上京していた理由は、第二シリーズの企画打ち合わせだった。
第二シリーズ打ち合わせは、最終巻の校正を渡したその日から始まっていた。
それは俺の「次は『ゼロの使い魔』みたいな異世界ワープものにしたいんですけど」という提案から始まった。
担当は即座に「異世界ワープ? そんなのより学園で変な部活とかそういうのでいこうよ」と返事した。
俺は「そうですね。異世界ワープなんて古いし、今の子には売れないですよね」と納得し、提案を取り下げた。
「異世界ワープなんて売れない」というのが当時の「市場分析」だった。
「今どきの子は学園と家とコンビニしかないから異世界なんて面倒くさがる」というのが「読者分析」だった。
俺の異世界ワープ企画提案も、正直本気ではなかった。
「まあ冗談はこれくらいにしまして」みたいな、最初の挨拶代わりの提案だった。
当時ちょうど「俺の妹がこんなに可愛い訳がない」が大ヒットし、続刊を重ねていた。
俺はその製作秘話インタビューをレーベルのホームページで確認していた。
『担当が作家に漫画「GTO」の全巻を読ませ、それを元にヒロインを作らせた』という話が載っていた。
俺はその逸話を聞いて、大いに感心した。流石に一流の編集者は目の付け所が違う。と感心した。
GTOヒロインがなんでラノベで売れたのか俺には分からないが、編集者にはわかるのだろう。
俺も頑張ろう。俺の担当はその人ではないが同業だ。似た能力を持っているはずだ。その時はそう思った。
28 名無しさん 2018/09/25(火)22:32:08 ID:AQe
という訳で、俺の第二シリーズの企画が本格的に開始された。
根底の事はすぐに決まった。『学園モノ、部活、オタク、ちょっと異能』。
中高生はそういうのが好きなんだから、これさえ押さえておけば安心。いわゆる『鉄板』だ。
底面の鉄板はまず決定し、そして難航が始まった。
第二シリーズの企画は、難航していた。
第一シリーズの最終巻発売日になっても、まだ方針すら固まっていなかった。
担当は「主人公とヒロインが殺しあう話」をひたすら推してきた。
俺は担当の言葉を聞きつつ、しかし意味がさっぱりわからなかった。
高校生が校舎内で殺しあう? それで普通に授業するの? 警察は? 部活も一緒? そしてラブコメ?
俺にとって「殺し合い」は互いに拳や刃物や拳銃を使っての憎悪のぶつけ合いであり、犯罪行為だった。
実際、第一シリーズ一巻はそんな感じだった。主人公が敵に殺意を向ける。殺しあう。敵は死ぬ。
それに対し担当の「殺し合い」は「異能高校生が互いに超必殺技を打ちあう」みたいな感じ……だったと思う。
その齟齬は頭では理解していた。そもそも高校生が拳で人を殺そうとする方がおかしい。超必殺技のが健全だ。
しかし俺には「殺しあいつつラブコメ」の企画は難しかった。
29 名無しさん 2018/09/25(火)22:32:50 ID:AQe
企画は難航した。上京して直接打ち合わせしても、さっぱり進む気配はなかった。
俺は「ライトノベルの企画打ち合わせ・会議」について、大いなる誤解をしていた。
作者が企画やアイデアを自由勝手に提出し、担当がそれを受け取って頑張って形にしていく物だと思っていた。
実際、今まではそういう作り方をしてきたのだ。俺の意見はほぼ通り、そしてそのまま形になっていった。
俺が「次はこんなヒロインを出したい」と言えば、担当は時に渋りつつも基本的に採用してくれた。
新刊でイラスト化した自分のキャラを見て、更に次の展開を夢想する。採用される。そんな方式だった。
しかしその状況は、ラノベ業界全般においては「たまたま発生していた稀少状態」に過ぎなかった。
「売れているシリーズの続刊だから」たまたまそうなっていたというだけの話だった。
現在進行形で売れているシリーズのその続刊は、内容より速度が重要だ。
揉めたり修正したりしている時間がもったいない。作家が書きたいと言えばとりあえず書かせ、出版する。
勿論あまりにもおかしな方向へ進んだら修正はするが、基本的に作家の書きたいように書かせる。
レーベルにもよるとは思うが、少なくとも俺の属していたレーベルはそうだった。
しかし今は、新シリーズ立ち上げは違う。速度より、内容。
時間経過はデメリットではない。多少遅くなってもいいのだ。
30 名無しさん 2018/09/25(火)22:33:17 ID:AQe
そして、この「多少遅くなってもいい」の事実により、俺の待遇が変わった。
「売れているシリーズの作家」ではなくなり、「第二シリーズ企画中の作家」になった。
即ち、「最優先すべき作家」から、「後回しにしていい作家」に。
俺は売れっ子作家だった。若手の一番手で、全体でもエースと呼んでも差し支えない位置にいた。
故に、担当にとって俺は最優先だった。他の用事を止めてでも優先してくれた。
だが今は違う。「売れていたシリーズ」を終わらせた俺は、もうその立場ではなくなった。
他の「そこそこ売れている続刊」を持つ作家が最優先だ。俺は、その次。
担当にとって俺はもう最優先ではない。他の誰かが最優先。
俺を最優先してくれ、そして俺がその全てを依存していた相手が、他の者を優先し始めた。
それは一方的な恋愛関係に似ていたし、そしてその末の失恋にも近かった。
31 名無しさん 2018/09/25(火)22:33:45 ID:AQe
俺はこの失恋状態に狂乱し、そして非常にありがちな事を始めた。浮気。
他のレーベルであるA社(頭文字ではない)に、企画を出した。
以前参加したとあるイベントで、A社の編集者の名刺を手に入れていた。それに連絡した。
いい感触だった。A社は俺の企画を褒めてくれ、出版への検討を約束してくれた。
浮気は順調に進み始め、そして俺はその後ろめたさを隠す為に担当に変わらず接した。
変わらずアイデアを練るフリをし、そして形だけの企画書を送った。
この時の企画は、今まで出してきたのに比べると相当に気が抜けた企画書だったと思う。
どうせこの企画もいつも通り没にされる。そしたら、いよいよA社の編集と会ってみよう。
そんな捨て駒、踏み台のような企画書を作って担当へと送った。
そしたら、その企画はあっさり通ってしまった。
気合も入れずに作った、とりあえず出しましたというアリバイのような企画。それが通ってしまった。
担当はその気の抜けた企画に突然「いいですね」と返事し、そして執筆が許可された。
なんでいきなり通ったのかは分からない。気を抜いた事がうまくいったのかもしれない。
それともひょっとして、担当がA社の動きを聞きつけ、引き留めるために通したのかもしれない。
真実は分からないが……とにかく、どうあれ、第二シリーズの企画は通ったのだ。
A社の編集とは結局会う機会が作れず、そして元の担当の下での執筆が始まった。
32 名無しさん 2018/09/25(火)22:33:51 ID:y9y
>当時は創作文芸板にあった「プロ作家のための愚痴スレ」。
このスレ知ってる
本物のプロが書き込んでたんだよな
途中から板が変わって、最後は規制騒動でみんなSNSに移ったんだっけ
懐かしいなw
34 名無しさん 2018/09/25(火)22:36:08 ID:AQe
第二シリーズを執筆しつつ、完結した第一シリーズの評判チェックもした。
完結巻発売してかなり経ち、感想やレビューはもう出揃っていた。
どれもこれも、好意的だった。傑作と称してくれた人もいたし、作者を麒麟児だと呼んでくれた人もいた。
正直、自分で言うのも何だが第一シリーズは奇跡的によく出来た。理想的に進行し、完結した。
作者と作品と主人公が一緒に成長し、そして最終回へと到達する。全ての事が理想的に回った。
そして、第一シリーズでこういう執筆方法をすると第二シリーズが難しくなる。
作者は第一シリーズで成長しきった。第一シリーズの世界は成長し、完成した。
しかし、第二シリーズの主人公と作品は生まれたてだ。まだ何の物語も持っていない「これから」の存在。
つまり、作者が作品・主人公に対し「上から目線」「先達者の説教」になってしまう。
そして正直なところ、『気を抜いた企画』だった為、統合性がイマイチだった。
執筆は、少しだけ苦しかった。第一シリーズの時には無かった苦労があった。
ヒロインの性格も、企画の段階より多少変わってしまった。
とはいえ……とはいえ。しかしとにかく、第二シリーズの一巻は完成した。
第一シリーズ完結校正を渡してから数ヶ月経過、やっと第二シリーズ一巻の原稿が完成した。
担当は一巻の原稿を受け取り、そして会社の公式HPに「発売予定」が載った。
俺のスレには「待ってました」「ついに新シリーズ!」等の声が上がった。
36 名無しさん 2018/09/25(火)22:37:17 ID:AQe
○四年目。第二シリーズ発売。
年明け間もなく。第二シリーズの一巻発売日。俺はまた東京にいた。
既に二巻を書きあげ、その仕上げの打ち合わせのために上京していた。
二巻の完成原稿を前にして、担当は言った。
「一巻いよいよ発売ですね。これで二巻が出ないなんて事になったら、私は編集長に直談判しますよ」
俺はその言葉に大いに安心し……そして、違和感を覚えた。
『二巻が出なかったら編集長に直談判』……って。
『出なかったら』って何だ? 二巻って、確実に出るんじゃないのか?
ラノベ業界において『二巻』は、徐々に出にくくなっていた。
一巻が売れなければそれで終わり。二巻はない。そんな例が徐々に増え始めていた。
既に三年目の新人賞受賞者は発売されており、うち売れなかった受賞作もその一巻で完結してしまっていた。
新人賞を貰ったくせに売れないなんて、大失敗だったな。当時はそういう評価だった。
でもまあ……不安になりつつも、俺は一応安心していた。
何だかんだ言って、二巻はまあ出るだろう。秋葉原の本屋で一巻の平積みを確認しつつ、俺は安心していた。
こうして大々的に平積みされている。壁に貼られた「今月の新刊」のポスターでも、俺のが一番大きい。
前のシリーズは売れた。評判もいい。その第二シリーズだ。売れるはずだ。
編集長に直談判なんて選択肢なんか、そもそも存在しないだろう。
37 名無しさん 2018/09/25(火)22:37:48 ID:AQe
二巻は、出る事になった。
第二シリーズの一巻は、そこそこ売れた。
発売日の次の月曜日、一巻は大阪屋でそこそこの順位を出した。
二巻発売は確定し、そして三巻完結が宣告された。
「そこそこ」しか売れなかった。第一シリーズの時のようには売れなかった。
完結。つまり打ち切りだ。一巻発売から半月足らずで、それは決定してしまった。
二巻の原稿は既に完成し、そろそろ三巻を考えてみようかという状態で、完結が宣言された。
二巻はこのまま出すとして、三巻は完結を見越した物語にする事になった。
完結巻の打ち切り執筆は、しかしこれはこれで楽しかった。
考えていた・出したかったキャラを全て出し、最後に言いたかった事を全力で言って終わる。
既存のキャラはぶっ壊せばそれでギャグになって、そして完結なので何のあとくされもなかった。
俺は缶詰と称して連泊していた温泉宿で、完結巻を完成させた。
38 名無しさん 2018/09/25(火)22:38:21 ID:AQe
第二シリーズ完結巻の校正を担当に渡し、そして一息ついて俺はツイッターを始めた。
最近出来て、俺の知り合いの作家も参加しているというツイッター。以前から気になっていたのだ。
同レーベルの知り合いとも相互フォローし、そして連絡が日常的に頻繁にとれるようになった。
第二シリーズを終えた俺は、そろそろ授賞式以外で作家の知り合いと会う事を始めた。
ミクシィでは新人作家の集まりコミュができており、たまにオフ会をしていた。それに参加させてもらった。
集まりやイベントがあるたびに上京し、皆に会って名刺を配りまくった。色んなレーベルの色んな人に会えた。
ラノベ作家同士で秋葉原を巡るのは、なんとなく誇らしくて特別な視点に立った気がした。
店頭の巨大な看板を見て、すぐ横にいる作者に「製作秘話」を聞いたりした。
昔、新人賞の二次選考あたりで競い合った相手と再会? し、互いに当時の感想を言い合ったりした。
誰かがアニメ化すると聞けば皆で祝福したりした。カラオケも行った。10年ぶりくらいに歌った。
楽しかった。社会人になって初めて「友人」が出来た気がした。
39 名無しさん 2018/09/25(火)22:39:34 ID:AQe
そして三巻が、第二シリーズの完結巻が発売された。
受け取った契約書を確認する。数字を書いてしまうが、初版部数7400部。
7400部。二巻のほぼ半分。正直こんなに減らされるとは思わなかった。金額にすると三十万円そこそこ。
数ヶ月の結果としては低すぎる金額だ。正直、何度かの上京と缶詰だけでほぼ赤字。
――しかし、俺はその数字に不満はなかった。
とにかく、ともあれ三巻は出たのだ。上出来だ。敗北かもしれないけど、まあ満足だ。
一巻で切られるシリーズも多くなってきた。三巻打ち切りなら、一応話にはなる。
むしろ爽快感すらあった。どうにかギリギリ言いたい事を言って逃げ切った。そんな爽快感。
これで一勝一敗。まだ一勝一敗。しかも一敗は価値のある一敗だ。ほぼ勝ちみたいなもの。
今回はまあいい。書きたい事を書いて逃げた。今回はこれでいい。で、本気は次で出せばいい。
第三シリーズは売れるものを書いて、そして第一シリーズ超えをしよう。
第二シリーズは、まあ楽しい小休止だった。第三シリーズはエース本来の力を出し、本来の座に座りなおそう。
そう考え、俺は担当にメールを出した。
「第三シリーズの企画、どうしましょうか?」
そして、ここから世界が変わり始める。悪い方向へ。
44 名無しさん 2018/09/25(火)22:47:09 ID:AQe
○五年目 第三シリーズ
第二シリーズが終わり、俺は再び「シリーズ企画中」の身になった。
そして再び待遇が変わった。以前とは比べ物にならないくらい、いきなり滑り落ちた。
前の経験である程度の覚悟はしていた。その覚悟なんて話にならなかった。それはもう突然滑り落ちた。
まず、向こうから提案される企画がなくなった。『次はこんな作品を』という希望がなくなった。
『次はこういう企画で行きましょう』から、『いいのを考えてどんどん出してください』になった。
前回のお題は「ヒロインと主人公が殺し合う話」だった。そして、次のお題は「自由」だ。
俺は自分の力だけで企画を作り、そしてそれを担当に見せて決済を貰う立場になった。
思いついた新企画のアイデアを、メールで次々と送っていく。
『世界滅亡したけど現実逃避して日常系』『異世界から少女が来る話』『女の子を武器にして戦う話』……他、色々。
十個単位で出せと言われていた。十個が思いつくたびに次々と出していく。そして全てが却下。
45 名無しさん 2018/09/25(火)22:48:02 ID:AQe
この『却下』という返事さえ遅くなった。それはもう、突然に遅くなった。
今までは原稿を送れば即座に「受け取りました」があった。そして数日後には返事があった。
第一シリーズ執筆中は文句なくそうだった。第二シリーズ企画中もまあまあそうだった。
第二シリーズ執筆中もそうだった。完結巻のあとがきを送付するまでは、確かにそうだった。
それが終わったら、担当の返事はいきなり遅くなった。そして猛烈に悪くなった。
「受け取りました」のメールすら来ない。「全て却下」の返事は三週間後。そんな感じ。
俺は勘違いしていたのだ。俺は、自分の戦歴を一勝一敗だと思っていた。
しかし、担当にとってはそうではなかった。担当にとって俺は「敗北した作家」だった。
期待のシリーズを立ち上げたものの、大して売れずに敗北した作家。俺の評価はそれだった。
敗北した。シリーズをコカした。それが今の全てだ。『過去に一勝した』のは、あくまで参考事実のひとつ。
敗北したんだから、一からやり直し。行列の一番後ろに並んでまたそこからやり直し。
やっと理解した。俺は既にエースではないのだ。エースではなかったのだ。
46 名無しさん 2018/09/25(火)22:49:28 ID:AQe
第二シリーズ一巻が売れなかったあの時点で、俺は「期待のホープ」の座から滑り降りた。
滑り落ち、そしてただの「新企画をコかしたラノベ作家(シリーズ執筆中)」という立場になっていた。
しかしシリーズ執筆中故にある程度優先され、だから気付けなかったのだ。
そして最終巻が7400部に終わり、今の立場になった。俺は、やっとそれを理解した。
理解したからと言って、担当からの放置状態を安穏と過ごせるかと言うと勿論そんな事はなかった。
三週間は遠い。自分の作家としての力を込めた提案をして、そして待たされる三週間は本当に長いのだ。
送る。来ない。まだ来ない。ひょっとして問題外だったのか? 来ない。日々悶々と考える。
俺にとって、ラノベ業界との繋がりは担当しかない。
俺の「プロ作家」を保障してくれるのは、そういえば担当しかいなかった。
受賞してプロ作家になって、俺の世界は一変した。
日々は興奮と快感と称賛と充実に満ち、プライドと読者を手に入れた。世界を手に入れた。
そして考えてみれば、それら全ては担当一人に依るものだった。
俺の全てはラノベ作家であり、ラノベ作家としての俺は全て担当の胸先三寸、掌の上だった。
担当が掌を返せば、俺の全てがなくなってしまう。俺はそんな存在だったのだ。
49 名無しさん 2018/09/25(火)22:50:40 ID:AQe
まだ来ない。今日こそ来るはず。今日来なかったらまずい。来ない。切られたのか? まさか。来ない。
プロ作家として何もできない。プロ作家ですらないかもしれない果てのない待機期間。
その末に、やっと返事が来る。『全部却下』という返事。
そしてまた考える。たぶんダメに決まっている企画を、俺の新作の卵をまた作る。また待つ。却下。
ふと気付けば、ラノベ業界の景色が変わっていた。
新しい参入レーベルもなくなり、新人賞受賞者たちはほぼ売れなくなっていた。
なにより──脱落者が出始めた。
最初の大量採用ラノベ作家の中から、続く大量受賞者の中から、消えゆく者が発生し始めた。
考えてみれば当たり前だった。当然の物理限界が、必然としてやってきた。
毎月新人がデビューし、その新人達は全員が続々と続刊を出していく。するとどうなる。満員になる。
満員になった。でも入ってくる。誰かが落ちる。誰かが入ったら誰かが消える。消えないなら誰も入れない。
50 名無しさん 2018/09/25(火)22:51:20 ID:AQe
無敵で青春だった俺達が、次々と敗北して次々と削れていた。ふと気づけばそうなっていた。
かつて無限に広がると思われていた新大陸。その限界が、徐々に明らかになっていった。
この限られた土地が全てだ。俺達の、そしてこれから年々延々やって来る入植者全員の食い扶持だ。
「プロ作家の愚痴スレ」に書きこまれる内容が、変わっていった。
たった数年前は「編集からの返事おっそ! 再来月発売なのにヤッベ!」だった。
それが変わった。「返事おっそ!」は担当による長期間放置だったし、「ヤッベ!」は本当に危険だった。
皆がやっと気付き、そしてそれはネットによって一般の読者にも広がって行った。
世間がやっと気付き始めた。「ラノベ作家の本当」が、ネットを通して徐々に広がって行った。
52 名無しさん 2018/09/25(火)22:52:02 ID:AQe
受賞をすればプロになれると思っていた。執筆物が出版される権利を得ると思っていた。
ワナビの頃はそう思っていた。かつてのワナビスレではそう信じられていた。プロスレですらそうだった。
作家は自分の魂の叫びのままに自由に書き、そしてその全てが本にしてもらえると思っていた。
「創作の苦悩」という言葉は知っていた。言葉だけは知っていた。
そして、「苦悩」はロマンチックなものだと思っていた。作家に許可された特権だとすら思っていた。
作品世界が応えてくれないとか、キャラが動かないとか、まあそういう類の。それが「苦悩」だと思っていた。
漫画にあるような「先生! 印刷所がカンカンですよ!」「アイデアが出ない!」な絵図しか想像しなかった。
その末に、何か『創作の深淵』的な境地に達して書けなくなる奴もいるんだろう。
そんな訳はなかった。
ただ企画が通らないだけだ。企画が通らないから書けない。それだけだ。深淵もクソもない。
気付いた。分かった。しかし、だからと言ってどうしようもない。
何に気付いた所で、何がどう分かった所で、企画が通る訳ではない。
やる事は、やれる事は同じだ。企画を出す。待つ。却下。それだけ。
55 名無しさん 2018/09/25(火)22:53:07 ID:AQe
そして……それでも。その状態でも。
それでもやっと、企画は通った。
第二シリーズ完結巻出版がとうの過去になり、冬を過ぎ、年を越し、春を迎え、そしてやっと企画が通った。
そこまでやって、やっと企画だけが通った。第三シリーズの方向性が、やっと決まった。
「自称『リア充を目指す主人公』が、自身リア充化計画の為に部活を作り女の子を集めていく
集まった女の子(開始時点で全員の好感度マックス状態)と共に、リア充になる為の活動を日々行う」
そっくりそのままだ。何にそっくりかは言わなくてもわかりそうだが一応言う。
当時売れまくっていた「ぼくは友達が少ない」の、そっくりコピー(超劣化)だ。
当たり前だ。俺は担当を通す為だけに提案し、担当は会議を通す為だけに採用した。その結果はこうなる。
「有名な誰かの本を真似しても無為。読者はその『誰かの本』を読めばそれで事足りている」
「今売れているものを真似しても無意味。本になる頃にはブームが過ぎ去っている」
ワナビ向けの創作技法の本には必ず書いてあるだろう。言われなくても誰でもわかる明白な事実だ。
でも作家は今売れている作品にそっくりな企画を出すし、担当も今売れている作品の類似企画を採用する。
誰もがより良い道を模索している筈なのに、誰もが納得しない結果へと走っていく。
なんでこうなるのかは分からない。誰かがどうにかすれば止まるだろう。でも俺はその誰かにはなれなかった。
51 名無しさん 2018/09/25(火)22:51:36 ID:SzN
プロも2ちゃん来るもんなんだな
本物かどうかは知らんけどハルヒの作者も来てたし
53 名無しさん 2018/09/25(火)22:52:45 ID:SzN
バブルは弾けてから気づくものなのよ
54 名無しさん 2018/09/25(火)22:53:00 ID:tD5
流石に文章読ませるな
引用元 http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1537880566
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